【今日のゴミ】紙パックのお酒

今日のゴミは紙パックのお酒。

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【観察】

朝8時頃、駅の連絡通路で拾う。連絡通路の真ん中あたりに落とされていた。

紙パックのお酒は「鬼ころし」という知名度のあるもの。他、袋の中には「黒豆甘納豆」、「おにぎり」、「ゼリー」が一緒くたにされていた。どれも全て食べ終えており、中身が残っているものはなかった。

 

【考察】

どう考えても酒とつまみであることは間違いないだろう。

捨てられた時間帯は夜であるように思う。朝に捨てられた可能性もないわけではないが、そこは捨てられていた場所から判断することができる。ゴミが落とされていた駅の連絡通路というのが、最終電車が通過してしまうとシャッターが下ろされてしまうのだが、そのシャッターの改札口側ではなく、出口側に置いてあったのだ。これは深夜、最終電車に乗ろうとしたところ間に合わず、シャッターが閉まっていたことで落胆し、腹いせかどうかはわからないが、そこにゴミを置いて行ったのではないかと思う。

この説は他の視点からも補足することができる。街中でゴミを捨てている人を観察すると、多くの人が大抵の場合に通路の「壁側」にゴミを捨てるのである。無意識的ではあるのだろうが、人間の社会性が表れているように思う。深層心理では、ゴミを捨ててはいけない、もしくはゴミを捨てれば誰かに咎められるのではないかと考えていて、それが行動に表れているのだろう。そう考えたときに、今回のゴミは連絡通路の「真ん中」あたりに落ちていたのはなぜなのか。考えられることは2つ。1つは人の目がなかったことだ。深夜の駅というのは、びっくりするぐらい人がいない。誰も見ていないというだけで、人間の社会規範は薄れてしまうのである。もう1つは、その人の精神状態である。ここでいう精神状態というのは、前述した腹が立ってという状況に因るものではなく、字のごとく状態に因るものである。この人は駅に来るまでに鬼殺しを1パック飲み切っているわけであるから、少なからず酔いは回っていたと考えられる。また、最終電車が通過した後の時間となると、もう真夜中である。1日の疲れも溜まっており、そのような状況で終電を乗り過ごしてしまったものだから、つい頭に血が上ってしまったのだろう。

私はこの人が、普段からゴミを道端に捨てるような人には思えない。それはゴミがビニール袋にまとめてあったことから想像できる。どこかのコンビニやスーパーなどで購入した場合には、そのお店のレジ袋に商品が入れられるはずであるが、そうではなく、それ以外の袋に入っているということは、自分で意図してその袋を用意していたことになる。中身を見ても、おにぎりは別として、黒豆甘納豆やゼリーは単品で売っているものというよりも、いくつかまとめて袋詰めされているものの1つではないかと思う。つまりこの人は、ゴミを捨てやすいようにそれらを自前の袋にまとめていたことになる。

改札を通ったすぐ目の前には駅のゴミ箱が用意されている。この人はそこでゴミを捨てるつもりで手に持っていた。しかし運悪くシャッターは閉まっていた。終電時間を失念していたことや自分の運の悪さを嘆く。これからタクシーを見つけるかして家まで帰らなければならない。無駄な出費も嵩む。このままゴミを持って帰るのもばからしい。ここに置いて帰ってしまおう。これがゴミを捨てるまでの顛末であろう。

このゴミが捨てられた経緯について「ではいったい何が悪かったのか」というところまで踏み込んで考えるつもりはないのだが、もしもこの説を真とした場合に、新たな問題が浮かび上がってくる。それは「シャッターを開けた際に駅員はなぜゴミを拾わなかったのか」ということである。これについて書き始めると、今度は捨てる人の心理ではなく、拾う人の心理について考察しなくてはならず、今回のテーマとは少し逸れるため、ここまでとさせていただきたい。時間があったらその時に。

 

今日もより良い世界を目指して。

【今日のゴミ】電車内に捨てられたパスタの容器

今日のゴミは、パスタの容器。

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【観察】
日曜日、朝8時台の電車のシートの足元にビニール袋の口を結んで置いてあった。
容器の中身は、パスタであったと想定される。容器の内側にはナポリタン、もしくはミートのソースが付着しており、若干玉葱の食べ残しも見受けられた。
袋のなかにはパスタ容器の他に、割り箸と割り箸袋、それと容器の蓋があった。
袋のそこにはパスタのソースがうっすらと溜まっており、袋の口を閉めていてもソースの臭いがした。
 
【考察】
自宅から最寄りの駅に向かう途中で購入して、電車内で食べたと考えられる。もしも駅のホームで食べていたなら、ホームに備え付けのゴミ箱に捨てるだろうし、そこで捨てずに電車内までゴミを持ち込む人が、そのまま電車内にゴミを放置するとは思えないからである。
この人は朝ごはんを規則的にしっかりと取る習慣があるようだ。8時の電車内に昨日のゴミが残っているわけがないため、朝食として食べたことは明白。もしも今日に限って寝坊したような場合に、朝食を食べないという選択肢もあったはずだし、もっと簡単な軽食でも済ませることができただろう。
これが今日に限った話ではなく、習慣的に朝食を電車内で食べているのかについては、これらの情報だけで判断することはできないが、確認することは容易であるように思う。往々にして、人は同じ時間の同じ車両を使うものなので、数日その車両に乗っていれば真実のほどは明らかになる(仕事上、日曜日が休日で、今日はイベントなどに参加する、といった場合にはこの次第ではないが)。
年齢は低めであろう。朝からナポリタンを食べることができるのだから、元気な胃を持っている証拠だ。
電車内でも人目を気にせず食事ができることから、普段からイヤホンを耳に付け、ずっとスマホの画面を見ているに違いない。多分に偏見の嫌いはあるが、少なくともそれに類する何かに熱中していて、周りのことなど一切見ていない。きっと隣にどのような人が座っていたかなんて、電車を降りた時には微塵も覚えていないはずだ。
このゴミを拾ったのが終着駅であることから、その路線のすべての駅で乗車した可能性があるわけだが、きっと乗り換えはしていないだろう。もしも遠くから乗り換えをしているのなら、その乗り換え前の電車で食べることだって可能だったはずだ。また、パスタを食べきっていることから隣駅ということもないだろう。
容器や袋からどこの店で購入したものであるか特定することはできていないが、形状からスーパーもしくはコンビニであろう。こういうときに一緒にレシートなどが捨てられていると楽なのだが、今回レシートは含まれていなかった。とはいえ、終着駅と同じ路線の最寄りで、朝8時前に開店しているスーパーもしくはコンビニにおいて、この容器と同じパスタを販売しており、購入時に袋に入った割り箸がもらえるような店舗があったら、そこを利用している可能性が高い。
と、ここまで思いつくことをつらつらと書いてきたわけだが、誤解しないで欲しいのは、ゴミを捨てた人を特定したいわけではないということである。これでもできる限り、特定できるような情報(たとえば電車の名前等)については隠すように気を付けているつもりだ。
私が興味があるのは、ゴミを捨てる人の心理であり、行動様式である。どうしてゴミを捨てるのか。どのような経緯で捨てるのか。どのように捨てるのか。どう考えて捨てるのか。どのような生活習慣なのか。どのような思想を持っているのか。どのような信念を持っているのか。何が大切で、何が邪魔なのか。それを少しでも理解したいのである。
もしも理想の世界が存在するとしたら、そこにゴミという概念は内包されないはずである。
 
今日もより良い世界を目指して。